【幸せをつくる無敵の言葉学】

名は体をあらわす、と言います

現役国語教師の松本エリハです。

 

現役教師ですから

現役高校生と日々接しているのですが、

少し気になってきた単語があります。

 

『ひきこもり』

 

ご家族、学校関係者、そして何より

本人の心に、それこそ言葉ではいいあらわせないいろんな動きや葛藤があって、

 

大人になったときに
「そんな時代もあったよね」といつか笑って話せるわ

 

というような単純な話じゃない、

ということは多くの方が認識していると思います。

 

ここで、「ことばふぁん」とブログタイトルにつけるほどの

言葉への愛が止まらない私からの

ささやかな提案です。

 

『ひきこもり』っていう単語、やめませんか?

 

言葉を変えたくらいでは、なんにもならない。だからこそ。

『ひきこもり』

という単語からは、

『ひきこもることなく、外へ出ることが望ましい

という価値観が伝わります。

 

なぜ、ひきこもったのか。

何が、必要なのか。あるいは必要ないのか。

 

こうした、先を見た考察や議論、内省を二の次にして

【ひきこもっていることが問題である】


と定義づけるチカラを

この単語は持っていると思うのです。

 

そして、この定義は価値観としては少し古く

この、少し古い感じが、いろんなことと合わなくなってきていて、

当事者である本人や周囲の人を

つらくさせているのではないか、と思うのです。

私ができるささやかなこと

社会、教育、福祉、家族関係、人間関係。

さまざまな場面で、

自分自身がほんとうに望む生き方

を少しでも実現しようと、多くの方がたくさんの努力をしています。

 

世の中の価値観は少しずつ、でも確実に

変化を遂げていることは確かです。

 

であれば、このあたりで。

 

『ひきこもり』

 

「【この単語をなにか別の言い方であらわす
というお題に、
それぞれの置かれた立ち位置で挑戦する」


という段階に入る時期なのかもしれません。

 

すごく楽観的すぎて、お花畑みたいで、

気分を害する人がいたら謝ります。

ごめんなさい。

 

でも私が、私の立ち位置からできることと言えば

言葉の言い換えで心持ちを調整すること

ぐらいなんです。

 

だから、例えば。

『ひきこもり』ではなくて  

 

『休養なう』(静かに休養している)

『内観なう』(人生に向き合っている)

救助要請

入念な準備

心の叫び

etc...

 

今、起きていることは

他のなによりも起きる必要がある

という考えに基づいた呼び名を、

折に触れて思い巡らせてみたいのです。

言葉の言い換えなんて、ただの気休めです。

そのことだけで、何かが劇的に変化したり

何かを急速に解決するなんてこと、ないです。

 

でもね。

気休め。

つらくて折れそうになっている気持ちが

それでしばらくでも休まるんなら、

いいじゃないですか。

 

心と身体を少し休めて、

リラックスして。

周りの人を頼って。

ちゃんと甘えて、伝えて。

 

"いつか話せる日がくるわ"、と

名曲にも歌われています。

 

その、いつかにつながる第一歩を

試しに「呼び名を変えてみる」

という作業から踏み出してみても、

いいと思うんです。

 

今日もまた、言葉とともに。
【幸せをつくる無敵の言葉学】松本エリハ


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